大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和48年(行ツ)26号 判決

上告人 阿野勝

右訴訟代理人弁護士 中島純一

吉原省三

被上告人 特許庁長官 斎藤英雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中島純一、同吉原省三の上告理由について

特許出願の拒絶査定に対する審判請求の際納付すべき手数料が不足するとしてその補正を命ぜられた者は、その指定された期間内又は遅くとも審判請求書却下決定のあるまでにこれを補正すべきであり、右却下決定のあった後は、たとえその確定前に右不足手数料の納付があっても、有効な補正があったということはできないものと解すべきであり、これと同旨の原審の判断は正当である。所論引用の各判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、ひっきょう、独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田豊 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄 裁判官 大塚喜一郎)

上告代理人中島純一、同吉原省三の上告理由

原判決には、法律の解釈を誤り、大審院および最高裁判所の判例に反する判断をした違法がある。

一、原判決はその理由第二項(二)において、「審判請求の手数料についての補正は補正期間内または補正期間経過後においては遅くとも審判請求書の却下決定前に限り、できるものと解すべきである」とし、その理由として「現行特許法における審決等に対する訴訟は昭和二三年法律第一七二号による改正前の旧特許法(大正一〇年法律第九六号)における抗告審判の審決に対する大審院への出訴のように、大審院が特許庁の上級官庁として、かつ抗告審判の上級審(法律審)として審級的つながりを有していたのとは全く性格を異にし、特許庁の審判事件とは別個独立の行政訴訟としての性格を有するものであるから、審判手数料の補正の時期についても、前段説示のとおり解するのを相当」としている。そして本件においては手数料の補正が本件決定後にされたものであるから、本件審判請求書の瑕疵が治癒されたものということはできないとしている。

二、これに対し上告人は原審において、「委任状の缺欠を理由として審判請求を却下した審決に対する不服の訴の係属中にその委任状の補正がなされば、原審決自体が違法となり、破棄を免かれないものである」旨の判例(大審院昭和七年六月一〇日判決)を引用し、また特許法第一三三条第二項と同様の規定である民事訴訟法第二二八条第二項に関するものとして、「却下命令があった後でもその命令の確定前に補正がなされた場合には、却下命令はその理由を失ない取消される」旨の判例(大審院昭和一〇年四月九日決定)を引用し、本件の場合も却下決定が確定するまでの間に補正すれば瑕疵が治癒される旨主張したのであるが、原判決は、上告人の主張およびその例示判例の場合は、いずれも一方の大審院、抗告審裁判所が、他方の特許庁原審裁判所の上級審として審級的つながりを有している場合であって、本件事案とは異なるとして、上告人の主張を排斥している。

三、しかしながら、右原判決は上告人が右例示した一連の大審院判例の論旨を誤解して、これに反する判断をしているものといわざるを得ない。

右の大審院判例のうち、昭和一〇年四月九日決定は、昭和九年一二月二八日に提出された控訴状に印紙の貼用がなく、裁判長が同一〇年一月一〇日に三日の期間を定めてその補正を命じたところ、その補正がなかったため、同月一五日に却下命令がなされたのに対し、同月一六日に補正が行なわれたという事案であるが、右決定は「補正を命じられたる缺欠は(右同月一六日の補正によって)原命令確定前に於いて完全に補正されたものと云うべく、従って該命令は其の理由を失ないたるに帰し、適法に提起されたる本件抗告により破毀せらるべきものとす」としている。

右の論旨を分析すれば、〈1〉原命令の確定前において補正されればその補正は補正として完全であり、〈2〉従って原命令はその理由を失なうことになり、〈3〉原命令を争う手続がとられていれば原命令は破棄されることになる。というものである。

四、すなわち本件は、原却下決定の確定前に補正があった場合、その補正の効力を認めるかどうかという問題であり、原決定と不服申立手続との間に審級的なつながりがあるかどうかとは次元の異なる問題である。審級的なつながりがなくても、審決もしくは決定について、三〇日という出訴期間が定められている以上、その間は原決定は不可抗争力が生じないという意味において確定していないわけである。そして、右大審院判例は、委任状の不備、貼用印紙の不足等については、確定までは補正が可能であるとしているのであり、この点において原判決は右の判例に反するものである。

なお確定までは補正が可能であるとはいっても、原決定に対する不服申立が行なわれていない限り、原決定が確定し補正は無意味となるが、このことは控訴状に印紙を貼らなかった前記大審院判例の場合にもあてはまることであり、印紙を追貼しても原決定に対し抗告しない限り原決定の効力に影響はない。

したがって不服申立の手続がとられていることが補正の条件となるが、その不服申立の方法が審級的につながりがあるかどうかは問題とする必要はないのである。

五、また上告人の右主張および大審院判例に対する右解釈は、原判決が述べている大正一〇年法律第九六号の旧特許法が昭和二三年法律第一七二号によって改正された趣旨、経緯に徴しても、その正当性が首肯されるものである。

すなわち、右旧特許法では、司法機関たる大審院が行政機関である特許庁の判断に対して、上告審、法律審としてのみしか関与し得なかったのに対し、日本国憲法の施行により、その第七六条第一、二項によって、「全て司法権は最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。行政機関は終審として裁判を行うことができない」こととなったところ、裁判所の裁判作用には、当然事実の認定と法の適用の両作用を含むものであるため、裁判所が単に上告審、法律審としてのみ関与し、事実認定については行政機関の認定をもって最終のものとすることは右憲法の趣旨に合わないため、特許庁の審判に対して不服ある者は事実審でもある東京高等裁判所に出訴しうるものとしたのであって、右改正はそもそも、広く国民に対して司法機関による司法救済を計るためになされたものであるはずである。

しかるに原判決によれば大正一〇年法律第九六号の旧特許法下においては、前記大審院昭和七年六月一〇日判決によって明らかなように不服として主張し、認容されえた事実が、却って右昭和二三年法律第一七二号による改正特許法および同三五年四月一日以降施行されている現行特許法下では主張しえないこととなってしまうからである。

従って、国民の権利を救済する途を広く開くという意味からも、右補正は認めるべきものである。

六、しかるに本件においては原判決が認定しているように、特許庁が昭和四七年三月二二日、同庁昭和四六年審判第四八一七号事件につき、審判請求人(上告人)は正規の手数料を納付せず、審判長が期間を指定して不足手数料の納付を命じたにも拘らず、右期間内に納付しなかったから、右審判請求書は特許法第一三三条第二項の規定により却下すべきものとして審判請求書を却下したところ、右決定謄本が同年五月一日、審判請求人(上告人)に送達され、これに対し審判請求人(上告人)は同年同月二五日には右手数料不足分を補正納付し、右納付は同年同月三〇日に特許庁に到達したということは争いのない事実である。

特許法第一七八条第四項によれば、右却下決定の確定期間はその到達より三〇日間であるので、上告人の手数料不足分の納付という補正行為は右却下決定の確定前になされていることは明白であるから、原審において、右特許庁のなした却下決定は違法なものとして取消されるべきものであったのである。

七、また本件はその一面として、特許庁における審判手続において主張されなかった事実を当事者が訴訟において新に主張することの可否の問題とも関連している。

この点につき、最高裁判所は昭和二八年一〇月一六日、第二小法廷判決において、「原審が事実審である以上、審判の際、主張されなかった事実、審決庁が審決の基礎としなかった事実を当事者が訴訟において、新に主張することは違法でなく、またかゝる事実を判決の基礎として採用することは少しも違法でない」と判示しており、右判旨は前述の特許法が改正された趣旨、経緯より首肯されうるところであり、また昭和三五年四月一日より、右判決時のいわゆる旧特許法を改正した現行特許法が施行されているが、右改正によっても、審決等に対する訴訟につき、いわゆる独占禁止法のような「実質的証拠に関する規定」が規定されなかったため、右判旨は現在においてもなお先例として維持されるべきものと考えられるところ、本件において原判決の判決によれば実質的には右最高裁判所判例に反して、審判手続において主張されなかった事実の主張を否定することになるとも考えられる。

八、そして東京高等裁判所においても、審決取消訴訟において、審決後に生じた事情を全く考慮しないわけではなく、たとえば東京高裁昭和四五年三月三一日判決(判例タイムズ二四七号二二一頁)は、無効審決後にその確定前訂正審決がなされた事案について、訂正後の明細書に基づき無効審決の当否を判断している。

これは無効審判と訂正審判との調整規定がないため、権利者の権利保護の必要上右のような判断をせざるを得なかったとも考えられるが、審決取消訴訟を完全な事後審的なものと考えるのであれば、無効審決当時においては判断に誤りはなかった筈であり、右のような判断は許されないはずである。

したがって本件の場合も却下決定当時において貼用印紙の不足があっても、その確定前に補正がなされた以上その事実を考慮して却下決定の当否を判断することは許されるべきものである。

九、よって上告人は上告の趣旨記載のとおりの判決を求めるものである。

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